映画

第295回 映画『ラーゲリにより愛を込めて』

ラーゲリとはソ連の強制収容所です。二宮和也主演で、シベリア抑留された山本幡男さん(実在)を演じます。「嵐」というよりもワンランク高い役者というイメージです。クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』から随分と成長しています。帰国を待ち続ける妻モジミに北川景子。日本にこんな美人の女優さんがいたかと思いましたが、途中で気付きました。

戦後、約60万人の日本人が抑留され、マイナス40度を下回らない限り、普通に強制労働を強いられます。何時帰れるかもわからない状況のなか、山本幡男さんはダモイ(帰国)を信じ、絶望のなか仲間を鼓舞していきます。ロシア文学に詳しくロシア語が話せ、ロシア人との通訳を務めます。

共演に松坂桃李。敵前逃亡したため、自分に卑怯者のレッテルを貼り苦しんでいます。桃李くんの映画はほぼ全て観ています。また出ているという感じです。ドラマでよく見かける安田顕。部下をスパイとしてロシアに売り、生きる屍のように登場しますが、山本の助けにより徐々に生き返っていきます。山本の上官に桐谷健太。最初はイヤな上官でしたが徐々に打ち解けてきます。中島健人は一般人でありながらシベリアに連行され、明るいキャラです。

原作は辺見じゅんの『収容所から来た遺言』(文春文庫)です。『昭和の遺書』の募集でモジミさんからの幡男さんの遺書を読み、衝撃を受けます。瀬々敬久監督が原作を読み、「これは国民映画にしなければならない」と言って、映画化となっています。

全員が帰国できたのは1956年、終戦から11年後です。その前年に山本さんは喉頭癌のため亡くなっています。なんとその幡男さんの遺書が、仲間たちの記憶により奥さん、子どもたち、お母さんに届けられます。遺書の全文はパンフレットに載っていますが、かなりの長文です。

映画館のあちらこちらから、鼻をすする音が聞こえてきていました。号泣必至の映画です。

第290回 映画『荒野に希望の灯をともす』

2019年12月4日、アフガニスタンで凶弾に斃れた中村哲医師のドキュメンタリー映画です。映画を観る前に著書の『天、共に在り』を読み予習していました。本を読んでいたお陰で、映画の内容がとてもよく理解できました。本には写真も載っていましたが、映像で見ることで、凄さを再確認しました。

中村さんは福岡市博多区堅粕の出身です。6才から九州大学医学部を卒業するまでは古賀市に在住していました。小学生のときに、好きな昆虫を採集するために、古賀市の薦野のバス停から山に分け入ったと記しています。当初は、1984年にパキスタンのペシャワールに赴任して医療活動に従事します。

KBCシネマでの上映後、谷津賢二監督の舞台挨拶がありました。映画館は超満員で、補助席まで出ています。谷津監督は1998年から2019年の19年間、中村哲さんを撮影してきました。撮影のため、アフガニスタンに行くこと25回、通算450日滞在し、1,000時間のフィルムを残したそうです。

90分の映画にまとめるのは難しく、中村さんの言葉に導かれながらの映像となります。中村さんは寡黙な方でしたが、一言で表現すると「仁と義の人」とのことです。ご自身でパワーシャベルを操作したりして、広大な砂漠を緑豊かな地に変貌させ、医師の範囲を超えての活動です。それも、戦場の中での土木工事です。

こんな偉大な人が今の日本におられたのかと、驚きです。言葉も宗教も習慣も違うなかに飛び込んで、アフガニスタン人と一緒になっての用水路を完成させていきます。映画では、どれだけ現地の人から信頼・尊敬されていたかが伝わってきます。

しかし、完成した用水路が2010年の大洪水により流されてしまいます。さすがに中村さんは呆然としてしまいます。江戸時代に作られた筑後川の山田堰を参考に堰を築いていき、洪水に耐えきれるものを完成させます。まさに実行、行動の人です。私には菩薩様に見えました。

第287回 映画『杜人 ~環境再生医 矢野智徳の挑戦』

造園家で環境再生医のの矢野智徳さんを2018年5月~2021年10月までを追ったドキュメンタリーです。矢野さんは1956年生まれで北九州市出身、現在は山梨県上野原市在住です。制作・監督・撮影の前田せつ子さんは、ナウシカのような矢野さんに出会い衝撃を受けます。

「虫たちは葉っぱを食べて空気の通りをよくしてくれている」「草は根こそぎ刈ると反発していっそう暴れる」「大地も人間と同じように呼吸しているから、空気を通してやることが大事」という言葉に感銘し、屋久島、気仙沼、安曇野等、矢野さんの現場を撮影していきます。

屋久島では荒波が打ち寄せる浜に、弱ったガジュマルの木が立っています。「屋久島の生態系のエネルギーでやっても追いつかないぐらい、人の負のエネルギーの方が大きいから、こういう状態になる」と言います。矢野さんは手作業を始めます。ノコ鎌でガジュマルの周りに空気が流れるよう草を払い、海へと流れる水みちに穴を掘っていきます。それだけで淀んでいた水は流れ出し、ガジュマルは息を吹き返します。

確かに、炭火をつける時にも、空気が通りやすいように木炭を積み上げていきます。人間の身体も、どこかが詰まると病気になります。胆管が詰まれば胆管炎となり、便秘になれば万病の基となります。ダムや、道路などコンクリートで固めているため、水が流れず段々と溜まっていき、その水を吐き出すために土砂災害になると説きます。水を流す、空気を流すために、現場にある廃材、流木を利用していきます。

「杜」とは「この場所を傷めず、穢さず、大事に使わせてください」と人が森の神に誓って紐を張った場であり、それを守る人を「杜人」というのだそうです。考えさせられる映画です。

第278回 映画『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』

2018年の『ぼけますから、よろしくお願いします。』の続編です。信友直子監督の実のご両親のドキュメンタリーです。前半は前作のおさらいで、観たことのある映像です。監督は1961年生まれ、母親は1929年生まれで、私自身と年令構成はほぼ同じです。父親は1920年生まれで何と今年102才です。お父さんの元気良さが際立ちます。

お母さんが80代前半でアルツハイマー型認知症と診断され、だんだんと日常生活に支障をきたしてきます。お父さんは、それまでは家事はほぼしてこなかったのに、90代から家事を始めます。ホイホイと家事をこなしているように見えます。何と言っても、明るい! ギャグを飛ばしながら大変な状況に対処していきます。地元の呉市に帰ってこようかと娘は提案しますが、大丈夫と請け負います。

お母さんが脳溢血で倒れ国立病院に入院となってしまいます。ゴーゴーで徒歩1時間かけてお見舞いに行きます。往復で2時間! 95才を超えたおじーちゃんがです。男の場合、周りを見ると90才超えると痩せてくるようですが、痩せもせず肌もつやがあり、しわも目立ちません。

前作の映画の舞台挨拶にも登場します。98才ですが、シッカリと大きな声で自己紹介し、「どうぞ、娘をよろしくお願いします」とまで言います。さすがに腰は曲がっています。100才になって呉市から内閣総理大臣からの表彰状と金一封を頂き、早速、封筒を開けて、数えてビックリ! 5本の指を立てます。「また来て下さい」とつぶやきます。

コロナ禍により、見舞いにも行けなくなります。いよいよ危なくなってからは、娘さんとお見舞いに行くようになります。感謝の言葉を述べます。呆れるくらい、仲のいいご夫婦でした。

今では、監督の娘さんとZOOM配信までしています。100才を超えても元気なおじいさんです。